皆さん、新年度を迎え、いかがお過ごしでしょうか。今回は新年度のスタートということで、教育について改めて考えてみることにします。

デンマークの教育のエッセンスについて、デンマークで教員として勤務されているピーダーセン海老原さやかさんにお話を伺いました。とても濃いインタビューになったので、ぜひご一読いただけると嬉しいです。

― まず簡単に自己紹介をお願いします。

いま、デンマークの公立の特別支援学校で算数と美術を教えています。もともと日本で5年間教員を経験して、デンマークに移住してからデンマークの教員資格を取得して、デンマークで8年以上教員として勤務しています。

ピーダーセン海老原さやかさん。日本での教員経験を経て、デンマークの公立学校でも8年以上教員として勤務。
(写真提供: ピーダーセン海老原さやか)

― 日本とデンマークで教員を経験されていますが、デンマークの教育の特徴は何だと思いますか。

デンマークの教育は、子どもの好奇心をとても大事にします。じつは、デンマークの学校には指定の教科書やカリキュラムというものがありません。全国共通の到達目標が教科ごとにあり、教員が単元ごとに最適だと思う教材を自分で選んで使います。子どもの好奇心を引き出すために、身体を動かしたり、お出かけをしたり、ゲームをしたりもします。子どもの「知りたい」「勉強したい」という内的動機づけをとても大切にしていると思います。

楽しく学べるように、床にアルファベット・数字・地図などが描かれている学校もある。

― そういえば、私の子どもがデンマークの小学校に入って文字を習い始めたとき、学校の先生から「『子ども文字(スペルミス)』は直さないように」と言われてビックリしました。これも内的動機づけのためですね?

文字の習得方法は、わかりやすい例だと思います。デンマークでは、「書きたい」「自分で書ける」という子どもの気持ちを一番大事にしています。正しく書けるかどうかは、その先の段階です。最初の段階では、正しいかどうかではなく、楽しんでいるかどうかを重視していますね。

―さやかさんは、教育で大切なことは何だと思いますか。

これはデンマークの学校教育法に書かれていることなのですが、「自分の可能性を信じる力を身につけること」と、「自分を知ること」が大事だと思います。これらは学力以上に、人間として生きる上で必要なことだと思います。

― どんな教育をしたら、子どもが自分の可能性を信じられるようになるのでしょうか。

先ほどの文字の習得方法を例に挙げると、子どもが書いた文章が間違いだらけだとしても、本人は「自分はできる」と思って書いているんです。そこに大人が「それ間違ってるよ」とか、鉛筆の持ち方がどうとか、座り方がどうとか言い始めたら、子どもは意欲を失い、自分の可能性を信じられなくなってしまいます。どんな教育も、はじまりはすべて小さな一言からなのだと思います。楽しくなければ、学ぶ扉は開きません。

日本について授業をしたときの様子。習字への興味を引き出すために、筆で直線や曲線を描かせている。
(写真提供: ピーダーセン海老原さやか)

― では、もう1つの「自分を知る」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。

「自分を知る」というのは、自分が何が好きで、どんなことに取り組んでいるときが楽しいのかなど、自分の好き嫌いや特性を知ることです。私たちは、人との関係のなかで自分のことを知っていきます。デンマークでは、子どもにも「どうしたい?」と意見を聞きますし、子どもの意見を聞き入れる大人がいます。「みんなが一緒じゃなくてもいい」という社会的な環境もあります。こういった環境があるから、子どもは自分を知ることができるのだと思います。

地面にチョークで絵を描く授業。同じマルをもとにしながら、いろんな絵が生まれた。

― 違いを受け入れる環境があるからこそ、「自分を知る」ことができるのですね。

そうだと思います。自分が相手の目にどう映るかばかりを気にしたり、他の人が喜んでくれる自分になろうとしたりすることは、「自分を知る」の逆なんですね。そうではなくて、他の人とは違う自分の特性を知って「自分はこうなんだ。これでいいんだ」と思えることが「自分を知る」ということなんです。

みんなで同じようにヒマワリを描いても、それぞれ個性が出る。

― 日本とデンマークで教員を経験して、他にも何か違いを感じることはありますか。

デンマークで教員になって驚いたのは、会議が少ないことでした。また、1人1人の先生の自由度が高くて、先生自身の裁量で決められることが多いです。日本に比べると労働環境が良く、先生が伸び伸びとしていると思いました。

デンマークの校長先生が「子どもたちにとっていい学校、教職員にとっていい労働環境を目指します」と言っているのを聞いたときは、目から鱗でした。先生たちが安心して働ける環境があってこそ、子どもたちに良い教育ができると思います。だれでもそうだと思いますが、自分に余裕がないと、子どもにゆとりをもって接することはむずかしいです。

― なるほど。子どもの教育は、教育の担い手である教員の労働環境を抜きに語ることはできないということですね。とても深い意見です。

教育は、国にとって将来への投資です。ですから、先生が抱えるタスクを減らして、先生が本来持っている力を存分に発揮できる環境をつくることはとても重要なことだと思います。

― さやかさん、今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

デンマークの教育についてのピーダ−セン海老原さやかさんのお話、いかがだったでしょうか。最後に、今日のお話をベースに皆さんに一言メッセージをお届けしたいと思います。

「Tro på dig selv(トロ・ポ・ダ・セルフ / 自分の可能性を信じましょう)」

【執筆者プロフィール】針貝 有佳(はりかい ゆか / Yuka Harikai Drejer)
北欧デンマーク在住のライター・トランスレーター。東京・高円寺出身。2009年12月からデンマーク暮らし。カフェ好き、読書好き、アート好き。非日常を味わえるような散歩や旅も好きです。